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村雨(むらさめ)は、日本海軍の駆逐艦。白露型の3番艦である〔#艦艇類別等級表(昭和16年12月31日)p.8『艦艇類別等級表|驅逐艦|一等|白露型|白露、時雨、村雨、夕立、春雨、五月雨、海風、山風、江風、涼風』〕。村雨型という表記も使われた事がある〔#S16年度海軍戦時編制案(昭和10年2月)p.2『GF|1F|1sd|特駆|川(旗艦) (特型) (現特型16)(村雨型 海風型)』〕。艦名は村雨に由来し、この名を受け継ぐ日本の艦艇としては、春雨型駆逐艦村雨に続き2代目に当たる。 戦後、海上自衛隊の護衛艦として初代「むらさめ」と2代「むらさめ」が就役した。 ==艦歴== 1933年(昭和8年)12月15日、村雨(ムラサメ)と命名〔#達昭和8年12月pp.11-12『達百四十九號 艦艇製造費ヲ以テ昭和八年度ニ於テ建造ニ着手ノ驅逐艦三隻潜水艦二隻掃海艇一隻左ノ通命名ス|昭和八年十二月十五日 海軍大臣 大角岑生|驅逐艦 佐世保海軍工廠ニ於テ建造 白露シラツユ|浦賀船渠株式會社ニ於テ建造 時雨シグレ|株式會社藤永田造船所ニ於テ建造 村雨ムラサメ|潜水艦 三菱造船株式會社神戸造船所ニ於テ建造 伊號第七十二潜水艦|株式會社川崎造船所ニ於テ建造 伊號第七十三潜水艦|掃海艇 株式會社大阪鉄工所ニ於テ建造 第十七號掃海艇』〕。第67号駆逐艦村雨は藤永田造船所で1934年(昭和9年)2月1日に起工し、1935年(昭和10年)6月20日に進水した〔#艦船要目公表範囲(昭和12年12月1日)p.4『村雨|(艦諸元略)|藤永田造船所|9-2-1|10-6-20|12-1-7|(兵装略)』〕。 当時は初春型駆逐艦の最新鋭艦として紹介されたこともあった〔#ポケット海軍年鑑(1935)p.52『一等驅逐艦"子日 ねのひ" 同型艦"初春 はつはる" "若葉 わかば" "初霜 はつしも" "有明 ありあけ" "夕暮 ゆうぐれ" "白露 しらつゆ" "時雨 しぐれ" "村雨 むらさめ" これが現在既成驅逐艦中の最新式のものである。全長102.96米、幅9.94米、平均喫水2.67米。この艦の竣工した以前に竣工してゐる吹雪級の要目と比較して見て大いさと云ひ又兵装と云ひすべてに於てやゝ縮小されてゐるのは一萬頓級巡洋艦の最新艦である愛宕級が、その以前に出来た那智級に比較してやゝ縮小された艦型となつてゐるのとよく似てゐて興味深い。必ずや此種の一等驅逐艦にもそれ以前の吹雪級一等驅逐艦に勝る何物かがなくてはならぬ筈である。我が海軍の有する一等驅逐艦は既成艦71隻合計排水量計(基準)99,153頓、未成艦3隻合計頓数(基準)41,04頓である。』〕。 1937年(昭和12年)1月7日、浦賀の3番艦村雨と佐世保の4番艦夕立は同日附で竣工した〔〔#艦船要目公表範囲(昭和12年12月1日)p.4『夕立|(艦諸元略)|佐世保工廠|9-10-16|11-6-21|12-1-7|(兵装略)』〕。 1940年(昭和15年)10月11日、第2駆逐隊(村雨、夕立、春雨、五月雨)は紀元二千六百年記念行事に伴う観艦式に参加、第二列(長門、陸奥、伊勢、摂津、凉風、江風、《村雨、春雨、夕立、五月雨》、漣、綾波、浦波、初雪、白雪、吹雪)に配置されていた〔#紀元二千六百年特別観艦式・第三章p.1『…第2列ニハ戦艦長門・陸奥・伊勢・山城外特務艦摂津、駆逐艦凉風・江風・村雨・春雨・夕立・五月雨・漣・綾波・浦波・初雪・白雪・吹雪ノ十七隻整列シ…』〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「村雨 (白露型駆逐艦)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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